目の悪い父が入院。コロナで会いに行けない寂しさ。

人生いろいろ

私の父は生まれつき目が悪く

視力が片目で0.02とかしかありません。

その父がここ2、3年の間

なんども入院や手術を繰り返していて

視力はさらに低下。

ついに重い感染症になってしまいました。

免疫力の低下や加齢、

度重なる手術や複数の薬の投与で

父の目はボロボロの状態だったようです。

入院したと母から聞いてすぐ、

私は会いにいきたいと思いました。

でもコロナの影響で面会禁止。

そういえば次男の出産の時も

面会禁止で誰にも会えずに退院したのを

思い出しました。

コロナでお見舞いできない寂しさと

目が不自由でも一生懸命に

私や弟、家族を支えてくれている父について

少し書きたいと思います。

父は目が悪くて苦労して生きてきた

父は生まれつき目が悪いのですが、

祖母の話によると、

妊娠中に毎日栄養ドリンクを飲んでいたせい、

らしいです笑。

ほんとか嘘かは不明ですが、

妊娠中の方は飲まないで、って

書いてあるようなドリンクを飲み続けたんだと

私は想像しています。

父は生まれつき

緑内障と白内障を患っていて

黒目と白眼の界がぼやけています。

視力も低いし角膜ももろいし視野も狭いし。

盲目までいかなくとも

見ることにおいてはとても不自由でした。

学校生活では勉学に支障があって

学びたい意欲がどうしても折れてしまったよう。

何をするにも見えないもどかしさを

常に抱えていたと思います。

父が目が悪くて人生で一番辛かったのは

車の免許が取れないことだったと

言っていました。

父は車を運転したかったんです。

何度も何度も、筆記試験を受けて合格して。

実技の前に視力検査で、

次に進めず免許を取ることができなかった。

努力ではどうにもならないその悔しさを思うと

胸が苦しくなります。

障害者としては生きてこなかった

目が不自由とはいえ

父は障害者としては生きてこなかったみたいです。

会社にも普通に就職してしているし

白い杖も持たないし、

趣味はスキーだし笑!

会社へ一人で通勤して、

日常生活は何でも1人でできるんです。

ちょっと意地っ張りな性格でもあるので

弱みを人に見せたくなかったのかな、

と娘である私は思ったり。

しかし一昨年に手術と入院をした時

やっと障害者手帳をもらって

障害者として生きることになりました。

気合や意地ではどうにもならないほど

目の調子が悪くなってしまったんだなと

私は心配でしたが

必要な手助けやサービスを受けられるようになる

という安心感も持ちました。

目が悪くても辛くても気丈に振る舞う父に勇気をもらう

父は目が悪いのに

私が中学生の頃は

ほぼ毎日塾の迎えに自転車で来てくれて

一緒に帰っていました。

夜暗いのに、

私の前を自転車でビュンビュン走る!!

何でぶつからないんだろう、転ばないんだろう、

って

驚きと心配と混じった気持ちで

その後ろを必死に自転車で追っていました。

(目が不自由でも夜自転車で迎えに行かせる母に

疑問を抱いていましたが笑)

父に、暗くて見えなくて怖くないの?

と聞いたことが何度もありますが

その度に父は

慣れてるから感覚でわかるんだよ。

怖いけど止まったら帰れないから走ってんだよ。

と、屁理屈みたいなことを言っていました。

けど、

怖いけど止まったら帰れないから走る。

というのは、父の人生論のような気もして。

父は見えなくて怖くても

止まっていたら進まないから頑張って

生きてきたんだなぁ。と、

本当に尊敬しています。

お見舞いに行けない寂しさと歯痒さ

父には小さい頃からたくさん遊んでもらい

お世話もしてもらい

塾のお迎えもそうだし、

学校で私がいじめられていた時に

励まし続けてくれたり

感謝してもしきれないくらい

本当にお世話になって、大好きな存在です。

父がとても辛くて怖くて寂しい時

駆けつけられなくて孫も連れて行けなくて

すごく歯痒いです。

でも、LINEして画像や音声送ったり

メッセージも少しやり取りしています。

わずかに見える方の目で

虫眼鏡を使って文字を読んで

返事をしてくれているみたいです。

父は今、

目に入っている菌が角膜を破って

脳へ侵入することが懸念されている状態で

様々な薬を試しているようです。

効くお薬が判明して

無事に退院できることを願って

また会えることを願って

LINEでやりとりしながら待つことしかできない。

寂しいし歯痒いけど、

本当に、最悪の事態にならないことを

祈って待つしかないです。

子供たちの音声を送って、

元気付けられていたらいいな、、、。

永遠に会えないわけじゃない

父の目が見えるうちに孫を産みたい、

というのは

私の人生の目標の一つでした。

周りの友達より早めに結婚して子供を産んだのは

父の目のことが大きく影響しています。

3人の子供を、

父の目が少しでも見えるうちに

抱っこさせてあげられたのは

少しでも親孝行できたと思っています。

旦那さんにも感謝です。

父の目は過去最悪の状態ですが

二度と会えないわけじゃない。

だから、無事に退院してくれるのを

信じて待ちます。

退院したら見た目も気持ちも

ひとまわり小さく

なってしまっているかもしれない。

そうしたら、

子供を連れて遊びに行って

元気付けたいな。

今は入院生活で大変だけど。

退院したらいいことあるよ、って。

今までお世話になった分、

私も子供と一緒に精一杯

父を応援し励ましたいと思います。

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